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東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)31号 判決

東京都台東区浅草新吉原江戸町一丁目一八番地

原告

豊美印刷株式会社

右代表者代表取締役

伊藤貞雄

右訴訟代理人弁護士

田野井子之吉

被告

浅草税務署長

児玉円治

右指定代理人

横山茂晴

長谷川謙二

藤原博成

広瀬正

右当事者間の法人税更正決定金額に対する審査決定取消請求事件について、つぎのとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者の申立て

原告訴訟代理人は、「被告が、原告の昭和三五年四月一日から同三六年三月三一日までの事業年度分の法人税について、昭和三九年五月三〇日付でした更正処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二、原告の請求原因

(一)  原告は印刷業を営む会社であるが、昭和三五年四月一日から同三六年三月三一日にいたる事業年度分の法人税について、所得金額を金二六〇万七、七〇一円、法人税額を金八九万〇、九二〇円、として被告に期限内の確定申告をしたところ、被告がその所得金額等を更正し、これに対する原告の再調査請求を棄却したので、原告から更に東京国税局長に対して審査請求をしたところ、昭和三九年一月一七日右更正処分を一部取り消す旨の審査決定があり、その余の部分についても、同年五月二八日被告がこれを取り消した。そして同年五月三〇日、被告は、あらためて原告の前記事業年度の所得金額を金一、四三六万九、〇四〇円、留保所得金額を金五六一万六、九〇〇円、法人税額を金五九二万一、九一〇円、過少申告加算税額を金二五万一、五〇〇円と更正(以下本件更正処分という。)し、その旨を原告に通知した。

(二)  しかし、被告が右更正処分において原告の申告所得金額を修正した加除計算のうち、借地権建物売却益として金一、一三八万八、〇二四円を加算した点は、つぎに述べるとおり所得の帰属を誤認したものであり、この点において本件更正処分は違法である(なお、その他の修正項目については、原告もその正当であることを争わない)

1、被告は、右売却益を認定した理由として、原告が東京都台東区駒形二丁目七番地の三宅地一五〇・〇八坪の借地権および地上建物(以下本件借地権および建物という。)を代金二、〇五〇万円で売却したと主張するが、右借地権等はいずれも原告の資産ではなく、原告の代表取締役伊藤貞雄の個人資産を同人が個人として売却したものである。したがつて、その売却による収入は原告の所得ではない。

2、もつとも、本件借地および建物が右売買まで原告の営業に使用されていたことならびに原告の財務諸表にこれらが原告の資産として計上され、またその地代の支払や建物の減価償却に関する記載もあることは、被告指摘のとおりである。しかし、これは、もともと前記伊藤が個人で本件借地を賃借し、その地上に建物を所有して印刷業を経営していたところ、昭和二三年一〇月にこの個人営業を形式的に会社組織である原告に改組した関係から、伊藤の営業資産を事実上原告が使用して営業を継続するとともに、原告の財産状態を粉飾するため、これらを帳簿上会社資産として計上したものであり、また地代支払い等の記載も、本件借地の一部に伊藤所有の建物のほかに原告所有の建物一棟があつた(ただし、これは本件売買の目的となつていない。)ので、その土地使用料相当額を原告から伊藤に支払い、かつその建物について減価償却をしていたことを記帳したものにすぎない。それゆえ、以上のような外観をとらえて本件借地権等が伊藤から原告に事実上の現物出資として譲渡されたとする被告の主張は失当であり、このことは、右借地権の譲渡について地主の承諾を求めた事実がないこと、借地権の価額が騰貴しているにもかかわらずその帳簿価額を引き上げていないことならびに本件建物三棟の登記および借地権等の売却がいずれも伊藤個人名義でおこなわれていることなどからみても明らかであろう。さらに、実質的に考えても、個人営業をたんに名目上会社組織に改めただけで経営の実態においてなんら変化のない本件のような場合には、形式的には会社が当該借地を使用していても、実質的には経営主である個人の使用にほかならないから、その借地権は依然右の個人にあると判断するのが妥当である。

3、仮りに本件借地権が原告に譲渡されたとしても、それについて地主の承諾がないから、原告は借地権を取得しない。

以上のとおり、本件借地権および建物は伊藤の個人資産であり、これを同人が売却したものであるから、その売却益を原告の所得と認定した本件更正処分は違法である(ただし、右借地権等が原告の資産であつたとするならば、その所得となるべき売却益を被告主張の方法により算定することの合理性については争わない)。

よつて、本件更正処分の取消しを求める。

三、被告の答弁および主張

(一)  請求原因第一項は認めるが、本件更正処分が違法であるとの点は争う。

(二)  被告が本件更正処分において原告の申告所得金額を修正した項目はつぎのとおりである。

加算

買掛金否認 一三万九、〇〇〇円

退職給与引当金否認 一八万九、九一五円

役員賞与否認 二万五、〇〇〇円

仕掛品計上洩 一万四、八〇〇円

借地権建物売却益 一、一三八万八、〇二四円

雑収入計上洩 一〇万〇、〇〇〇円

減算

経費認容 九万五、四〇〇円

差引増加所得金額 一、一七六万一、三三九円

(三)  このうち、原告の争う借地権建物売却益の認定根拠はつぎのとおりである。

1、原告は、東京都台東区駒形二丁目七番地の三宅地一五〇・〇八坪(実測面積)に賃借権を有し、かつその地上に建物を所有していたところ、昭和三五年一一月右借地権および建物を訴外東西興業株式会社に代金二、〇五〇万円で売却した(ただし、その建物は取り毀して更地として引き渡した。)ので、その代金額から左記(イ)ないし(エ)合計金九一一万一、九七六円を差し引いた残額金一、一三八万八、〇二四円を原告の所得と認定したものである。

控除分

(イ) 仲介手数料 四〇万〇、〇〇〇円

(ロ) 借地権のうち原告代表者個人利用部分相当額

三四〇万四、四〇〇円

(ハ) 原告代表者居住部分に対する立退料

二三〇万七、五七六円

(ニ) 建物取毀損失補償額

三〇〇万〇、〇〇〇円

右控除分(ロ)は、本件借地上に原告代表者個人の小祠があつたので、借地のうち三〇・〇八坪を個人利用部分と認定して、その相当額を控除したものであるが、その額は、正しくは左記算式のとおり金三三四万〇、七六七円とすべきところ、計算を誤りそれより過大に金三四〇万四、四〇〇円を控除したものである。

〈省略〉

20,500,000円-3,500,000円=17,000,000円(売却代金の借地権部分相当額)

〈省略〉

また控除分(ハ)は、本件建物中延四二、〇七五坪に原告代表者が居住していたので、同人が建物の一部に借家権を有するものと認定し、関係の通達を参考として同人に支払うべき立退料を控除したものであるが、正しくは左記算式により金一八一万二、一二八円を控除すれば足りたところ、これについても計算方法を誤りそれより過大に金二三〇万七、五七六円を控除したものである。

〈省略〉

(借地権総価額) (代表者個人利用部分の借地権価額)

16,668,296円-3,340,767円=13,327,529円(原告の借地権価額)

〈省略〉

371,060円+1,441,068円=1,812,128円(立退料)

2、本件借地権および建物は、昭和二三年一〇月原告が設立された際その代表取締役伊藤貞雄個人から原告に譲渡され、その後に原告が建物を増築したものである。すなわち、本件借地はもと伊藤個人が賃借して印刷業を経営していたが、昭和二三年一〇月その個人営業をそのまま原告に改組した際、形式上は現金出資の設立手続をとつたけれども、実際には伊藤の営業資産であつた右借地権および地上建物等をすべて実質上の現物出資として原告に譲渡し、これによつて原告が個人経営当時とまつたく同様の形態で営業を継続したものであり、以後必要に応じて原告の資金により建物を増築していたのである。これらのことは、原告が本件借地権および建物をいずれも自己の資産として財務諸表に計上し、またその地代の支払いや建物の減価償却も原告がおこない、これによつて法人税の申告をしていることに徴して疑いがない。

原告は、借地権の譲渡について地主の承諾がないから借地権は原告に移転しないと主張するが、譲渡がある以上、地主の承諾がなくても借地権が譲受人に移転することは当然であるのみならず、本件においては、地主が原告の土地使用を知りながらなんら異議を述べなかつたことにより、借地権の譲渡を暗黙に承諾したものというべきであり、そうでないとしても、前記のような伊藤と原告の営業の実質的同一性からすれば、両者間の借地権の譲渡には地主に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるものとして、無断譲渡を理由とする地主の解除権の行使が許されないから、いずれにしても原告は、本件借地権を有効に取得したというべきである。

右の次第で、本件借地権および建物は原告の資産であり、これを原告が売却したものであるから、その売却益を原告の所得とした被告の認定になんら誤りはない。

四、証拠

原告訴訟代理人は、甲第一ないし第六号証、第七号証の一ないし六、第八ないし第一五号証を提出し、証人松本武、同宮田政吉の各証言および原告代表者伊藤貞雄の本人尋問の結果を援用し、「乙第三号証、第九号証の一、二、第一一号証の成立は不知、その余の乙号証の成立は認める。」と述べ、

被告指定代理人は、乙第一ないし第四号証、第五、六号証の各一、二、第七号証、第八号証の一ないし三、第九号証の一、二、第一〇、一一号証を提出し、証人君塚武郎、同藤原博成の各証言を援用し、「甲第二ないし六号証、第七号証の一ないし六、第九号証の成立は不知、その余の甲号証の成立は認める。」と述べた。

理由

一、原告が昭和三五年四月一日から同三六年三月三一日までの事業年度分の法人税について確定申告をしたところ、その主張のような経過をへて、被告が本件更正処分をし原告に通知したことは、当事者間に争いがない。そして、右更正処分のうち、本訴において争いのあるのは借地権建物売却利益を原告の所得と認定したことの当否のみであるから、以下この点について判断する。

二、被告は、右所得を認定した理由として、原告がその資産であつた本件借地権および建物を代金二、〇五〇万円で売却したと主張するのに対し、原告は、右借地権等は原告代表者伊藤貞雄の個人資産で、同人がこれを売却したものであると主張する(本件借地権および建物が被告主張のとおり売却されたこと自体は争いがない)。

そこで検討するのに、本件借地はもと伊藤貞雄が個人で賃借し、その地上に建物を所有して印刷業を経営していたが、昭和二三年一〇月この個人営業を名目上会社組織にするため、みずから代表取締役となつていわばその個人会社にすぎない原告を設立してからは、伊藤の営業資産であつた右借地および地上建物等はすべてそのまま原告が使用して営業を継続し、その後に増築された建物についても同様であつたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二号証、同第五、六号証の各一、二、同第七号証、証人宮田政吉、同藤原博成の各証言および原告代表者本人尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)によれば、原告は、その設立初年度においてすでに本件借地権および建物を会社資産として財産目録に計上し、かつその建物について減価償却をしており、昭和三四年度分の法人税申告においても、それまでに増築された建物を含めて同様の会計処理をおこなうとともに、右借地全部の地代、建物の火災保険料、固定資産税を会社経費に計上し(この計上地代が借地全部についてのものであることは、前掲証人宮田の証言および原告代表者本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第七号証の六と対照して明らかである。)さらに本件売買のあつた昭和三五年度分の法人税申告では、右借地権および建物の当時の帳簿価額を損失として処理していること(原告の財務諸表に以上のような記載のあることは原告も争わない。)原告の設立以来、本件借地の地代はしばしば原告振出の小切手により支払われ、建物の増築費用も原告が支出したこと、本件借地権および建物の売却代金は、原告が肩書地に新用地を買い求めて営業規模を拡張した費用にすべて充てられたことがそれぞれ認められる。原告代表者本人尋問の結果中、右の会計処理について同人は当初から全然知らなかつた旨の供述は措信することができない。

以上の事実を綜合すれば、伊藤個人の営業資産であつた本件借地権および建物は、同人が原告を設立すると同時に、事実上の現物出資として原告に譲渡され、その後の増築建物も原告が取得し、これらの資産を原告がさらに売却したものであると認定するのが相当である。

原告は、その経営の実態が伊藤の個人営業と変らないことを強調して右の認定を争うけれども、かえつてそのような関係であつたればこそ伊藤が原告のために個人資産を出資したといえるのであつて、これを否定する原告代表者本人尋問の結果はたやすく採用することができない(原告主張の実質論は、そのような場合に借地権の無断譲渡を理由とする地主の解除が認められるかどうかについて考慮されるにとどまる)。また、右本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二、第九号証、成立に争いのない同第一一ないし第一三号証、乙第四号証によると、本件建物三棟の登記や本件借地権等の売却ならびに新用地の買取りがいずれも伊藤の個人名義でおこなわれているが、これらの点は、前記のような伊藤と原告との関係からして先の認定を妨げるものではなく、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。

さらに原告は、伊藤から原告に本件借地権が譲渡されたとしても、これについて地主の承諾がないから、借地権は原告に移転しないと主張するが、賃借権の無断譲渡も、地主に対抗しえないだけで権利移転の効力を生じるものであるから、右主張は失当である。

してみると、本件売買は、原告が自己の資産を売却したものとして、その所得は原告に帰属したというべきである。そうすると、右の所得額を被告主張の方法により算定することの合理性について争いのない本件においては、被告の認定した売却益額が右の方法によつて算出される額を越えないこと明らかであるから、これを原告の所得としたことになんら誤りはない。

三、以上の次第で、本件更正処分には原告主張の違法事由はなく、他に違法とすべき点がないことは原告も認めるところであるから、結局、本件更正処分は適法であるというべきである。よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 緒方節郎 裁判官 中川幹郎 裁判官 佐藤繁)

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